「はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
あの後、母親の勧めで初めて手塚家にお邪魔する事になった。
今はリビングで、母親から紅茶を勧められている。
目の前でニコニコと微笑むのは、大好きな相手の母親。
なんだか、居た堪れない気分になる。
どこの母親も自分の子供には素敵な相手と巡り会って欲しいと願うはず。
何も知らないこの母親は。
「でもリョーマ君は本当に可愛いわね。国光さんは子供の頃からこんな仏頂面」
つまらないものだったわ、としみじみ言うのだ。
「これからもヨロシクね」
ウフフと楽しげに微笑むとキッチンへ入って行った。
「…何か、申し訳ない感じ」
自分と息子の関係を知ったら、一体どんな顔をするんだろう。
きっともの凄く反対されるに違いない。
反対なんて生易しいものじゃないかもしれない。
ぶるり、と身体に悪寒が走った。
「そんな事はないぞ」
手塚はリョーマの心配をよそに、昨日の電話の後に起きた出来事を話し始めた。
『さっきのが、越前リョーマ君ね』
電話を終えた手塚は、自分の部屋から家族のいるリビングへ戻った。
そこには、母親の彩菜1人がテレビを見ていた。
『はい、そうです』
『私は国光さんが選んだ人なら、誰でも応援しますからね』
ニコリと笑みを浮かべる母親の顔には「何でもお見通しよ」と書いてある気がした。
「本当にそんな事…言われたの?」
まさか、母親が自分達の関係を気付いていたなんて。
不二の時もかなりの衝撃を受けたが、それよりも数倍のショックを受けた。
「あぁ、俺も流石に驚いた」
だが、実の親から承諾を得たのならば、手塚の家でコソコソとする必要はない。
「俺の部屋に行くか?」
「うん」
母親に紅茶のお礼を言うと、リョーマは手塚と階段を上っていった。
「ここが俺の部屋だ」
ドアをガチャリと開けると、リョーマを招き入れた。
「…やっぱり綺麗にしてるね」
自分の部屋と大違いなほどに整理されている部屋。
「お前の部屋だって、案外片付けられていたではないか…リョーマ」
ベッドの上に腰掛ける手塚、手招きをしてリョーマを呼ぶ。
その仕種に擽ったさを感じながら、手塚の手を掴む。
リョーマが手を掴んだのを確認するとぐいっと引っ張り、自分の膝の上に乗せる。
「なんか、恥ずかしいよ。この格好」
リョーマは手塚の膝を跨ぐ格好で座っている。
もちろん向かい合っているので、お互いの顔は良く見える。
それどころか手塚に跨っているので、丁度目線が同じ高さになった。
「そうか?俺はお前の顔が良く見えて嬉しい」
ふっと笑みを浮かべる。
「何か…ずるい」
そんな顔するなんて反則だ、と抱き付いた。
手塚がこんなにも表情が豊かなんて事を知っているのは、世界中でも自分だけだろう。
母親でさえも自分の息子の事を『仏頂面』なんて言っているくらいだから。
「リョーマ」
そんな事を考えていると、突然手塚が自分を呼んだ。
「何?」
手塚から身体を離し、顔を向き合わせた。
「今度の土曜日、家族で旅行に行くのだが、俺は部活があるので断った」
手塚はリョーマの耳元で囁く。
「だから泊まりに来ないか?」
「…うん」
手塚の肩にコツンと額を当てると、小さく頷いた。
それから1週間後の土曜日、午前中の部活が終わると約束通り、リョーマは手塚の家に泊まりに来ていた。
「待っていたぞ」
手塚は自宅のドアを開けると、リョーマを玄関に招き入れた。
「…お邪魔しまーす」
リョーマはちょこんと玄関に入る。
誰もいない家の中はとても静かで、2人きりだという事を実感させられる。
「なんか、キンチョーする」
リョーマは今の気持ちを素直に伝えた。
「…俺もだ」
フッと笑みを浮かべると、リョーマの手を握りリビングへ連れて行く。
先週も二人きりだったがカルピンがいたので、今回が本当に初めての2人きり。
まずは、リビングでのんびりと過ごす。
「ねぇ、ご飯どうする?」
不図、手塚に、夕食はどうするのか聞いた。
食べに行くのか。それとも作るのか。
「あぁ、そうだな…何か食べたい物があるか?」
俺はどちらでも構わない。
手塚は、リョーマの要望に答える事にした。
聞かれた本人は、俺の食べたい物…と考え始めた。
「何か作れる?」
ちらりと手塚の顔を見ると「とりあえず簡単な物なら」と返事が返って来た。
しばらく考えた末のリョーマの答えは「国光が作った物」だった。
「リョーマ、そこの皿を取ってくれ」
「えーと…はい」
「ありがとう」
リョーマの希望通りに手作りの料理を振舞う。
買い物には行かなかったので、冷蔵庫にある物で作る事にした。
メニューはオムライスとグリーンサラダ、そしてコンソメスープ。
手馴れた様子で料理を作る手塚。
「国光ってスゴイ…」
手伝うつもりでキッチンに来たリョーマは、あまりの手際の良さに感嘆した。
テキパキと用意から片付けまでを行うので、自分の入る隙が全く無い。
「そうか?」
最後にオムライスにケチャップをかけると、夕食の準備は完了した。
「温かいうちに食べるぞ」
席に座り「いただきます」と挨拶をして夕食を開始する。
スプーンを手に取り、まだ湯気が立っている出来立てのオムライスを口に入れる。
「美味しい」
ふわりとした卵にスプーンを入れると、まだ半熟でとろりとしていた。
ライスと絡めると、とても口当たりが良い。
もちろん味も申し分無い。
それどころか好きな味だ。
「そうか、気に入ってもらえたのなら嬉しい」
手塚も自分の作ったオムライスを食べる。
リョーマはかなり気に入ったみたいで、全てを綺麗に平らげた。
「ごちそうさまでした」
食べ終わるとリョーマの家の時と同じ様に、2人で後片付けを始めた。
その後リビングへ戻ったリョーマに、手塚はハーブを浮かべた紅茶を出した。
このハーブは、母親が自家栽培したものなので、新鮮だ。
「うん、イイ香りがする」
くんくんとその香りを楽しむリョーマ。
もちろん自分の分も持って来た手塚は、その姿を眺めながら飲む。
「お前といると退屈しないな」
リョーマと付き合い始めてからの手塚は、リョーマといる時間は過ぎるのが早いと感じていた。
それは少し勿体無いと感じる事も事実。
「俺といて楽しいってコト?」
リョーマは紅茶のカップを手に持ったまま、手塚の側に近寄る。
そして、顔を覗き込んでニヤリと笑った。
「そうだな」
そんな仕種が、自分のリョーマへの想いを強くするなんて知らないだろう。
あの日、自分の想いを伝えて良かったとしみじみ感じた。
二人は飲み終わったカップを机の上に置く。
「何かいいね。こういうの」
リョーマはくすくすと笑うと、手塚の腕に自分の腕をまわした。
「どうした?」
いきなり笑い出したリョーマの頬に、そっと手を添える。
それは手塚なりのキスの合図。
触れ合う唇の感触は何時でも甘く柔らかい。
「ん…」
静かな部屋の中で、リョーマの吐息だけが響いていた。
口付けの時間は、二人の想いを昂ぶらせるのに充分過ぎていた。
長い口付けを終わらせると、リョーマはくたりと手塚に凭れ掛かった。
「何か…気持ちいい」
リョーマは素直にキスの感想を手塚に言う。
「…リョーマ」
自分の胸の中にいる愛しい存在を躊躇いながら呼ぶ。
その声に顔を上げるリョーマ。
「何?」
真剣な眼差しで自分を見つめる手塚に、リョーマは身体を起き上がらせた。
「今日…お前を俺のものにしてもいいか?」
手塚の告白に始めはキョトンとした顔をしたリョーマは、その言葉の意味に思い当たると顔を赤く染めた。
そんな姿にまだ子供だから…とも考えたが、日増しに強くなるこの想いは止まる事を知らなかった。
「…駄目か?」
手塚はそっとリョーマを抱き締めると、もう一度だけ自分の想いを告げた。
「…国光となら…いいよ…」
真っ赤な顔をしながらもリョーマは答える。
「リョーマ、愛してるよ」
好きな相手と身体を重ねる事は、付き合っていく上で至極当たり前の事。
ただしそれは、異性同士に限っての事だと思っていた。
しかし自分の中でリョーマと、そういう関係になりたいと願っていた。
同性同士だというのに。
それなのに、リョーマも自分と同じ想いでいてくれていた。
「俺も…好き」
そうして再び唇を重ねた。
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